急な物忘れ・ぼんやり(ぼーっと)しているのは認知症?慢性硬膜下血腫の症状【医師監修】

「急に物忘れが増えた」「最近ぼんやりしていて様子がおかしい」 ――それは、加齢ではなく 治療で改善する“治る認知症” の可能性があります。
高齢者に多い 慢性硬膜下血腫(まんせいこうまくかけっしゅ) は、頭をぶつけた覚えがなくても起こり、認知症に似た症状を急に引き起こすことが特徴です。
この記事では、専門医監修のもと、「急に物忘れが進んだ」ときに家族がすべき判断基準を、以下の内容でわかりやすく解説します。
- 治る認知症と呼ばれる理由と認知症との違い
- 高齢者のぼんやりやふらつきなど、見逃せない症状サイン
- 画像でわかる脳の圧迫と治療後の改善
- 診断と治療によってどこまで改善するか
【目次】
1.急に物忘れ・高齢者のぼんやりが起きる「慢性硬膜下血腫」とは?
慢性硬膜下血腫は、脳を包む「硬膜(脳を保護している一番外側の膜)」の内側に血液が徐々に溜まり、脳を圧迫する病気です。この血腫が徐々に大きくなり、様々な神経症状を引き起こします。
治る認知症(可逆性認知症)と呼ばれる理由と認知症との違い
- ポイント: 原因(血腫)を取り除く治療を行うと、症状が劇的に改善・消失することから、「治る認知症(可逆性認知症)」と呼ばれます。
- 認知症との違い: アルツハイマー病など「進行性の認知症(変性疾患:神経細胞が壊れて減ってしまう病気)」と違い、原因を治療すれば元の状態に戻る可能性があります。このため、認知症に似た症状が治るという点で非常に重要です。
▶関連記事:脳萎縮?あなたの生活はどう変わるのか(初期症状・進行・MRI診断)
急性硬膜下血腫との違い
慢性硬膜下血腫が数週間~数ヶ月かけて症状が出るのに対し、急性硬膜下血腫は、重度の頭部外傷の直後に、脳を覆う太い血管から大量に出血し、直ちに意識障害や命に関わる状態を引き起こす、極めて緊急性の高い病態です。慢性硬膜下血腫は急性と比べて症状の出方が緩やかである点が大きな特徴です。
2.高齢者の「物忘れが急にひどい・ぼんやりする」原因と発症メカニズム
物忘れが急に進行したように見えるのはなぜか
慢性硬膜下血腫は、数週間から数ヶ月かけて「じわじわ」と血の塊(血腫)が大きくなります。脳にはわずかな隙間があるため、初期は症状が出にくいのですが、血腫の大きさが脳の圧迫の限界(許容範囲)を超えた瞬間、一気に症状が表面化します。
そのため、周囲からは「昨日まで元気だったのに、急に物忘れがひどくなった」「急に認知症が進んだ」ように見えるのがこの病気の怖さであり、特徴です。
頭をぶつけた覚えがなくても発症する理由
慢性硬膜下血腫は、原因となる出来事の自覚に個人差があるのが特徴です。 「そういえば、1ヶ月前に転んだ」と思い当たる節がある方もいれば、一方で「全くぶつけた記憶がない」という方も珍しくありません。
なぜ、記憶に残らないほど些細な出来事が原因になってしまうのでしょうか。それには、高齢者特有の脳の状態が関係しています。
- 脳が揺れると、血管が「ブチッ」と切れてしまう
- 脳の表面と頭蓋骨の内側は、細い血管の「糸」で何本かつながっています。脳が縮んで隙間ができると、この血管はピンと突っ張った、ゆとりのない状態になってしまいます。
すると、ふとした拍子に脳が頭の中でガクンと揺れたとき、その動きに血管が耐えきれず、突っ張った糸が切れるようにプツンと破れて出血してしまうのです。
- 脳の表面と頭蓋骨の内側は、細い血管の「糸」で何本かつながっています。脳が縮んで隙間ができると、この血管はピンと突っ張った、ゆとりのない状態になってしまいます。
- 「大したことのない衝撃」でも切れてしまう
- 血管が限界まで突っ張っているため、病院へ行くほどではない「日常のちょっとした衝撃」だけで、血管がプツンと切れてしまうことがあります。
転んで尻もちをついた(直接頭を打っていなくても、衝撃が脳に響く)
棚の角に頭をコツンとぶつけた
乗り物で急ブレーキがかかり、頭がガクンと揺れた
このように、「怪我」というほどではない日常の振動が原因になるため、「まさか、あの程度のことが原因だなんて」と後から驚かれるケースが多いのです。
⚠️ 特に注意が必要な方(ハイリスク群)
以下の条件に当てはまる方は、より少ない衝撃で発症しやすく、出血が止まりにくい傾向があります。ご自身やご家族が該当しないかチェックしてみてください。
- 足腰が弱く、ふらつきがある
- 無意識のうちに壁に体をぶつけたり、尻もちをついたりして、微細な衝撃を繰り返している可能性があります
- 血液をサラサラにする薬を飲んでいる
- 脳梗塞や心疾患の予防で、バイアスピリンやワーファリンなどを服用中の方
- お酒を毎日たくさん飲む(多量飲酒)
- アルコールは脳の萎縮を早め、さらに血液を固める力を弱めてしまいます
3.慢性硬膜下血腫の症状(認知・運動・言語)
これらの症状がここ1ヶ月位で徐々に進行している場合は、決して「歳のせい」にせず、脳神経外科での診断を受けるべきサインです。
1. 認知症に似た症状(最も多い)
- 急に物忘れがひどくなった: 新しいことを覚えられない、日付や約束を忘れるなど。
- ぼんやりして反応が遅い: 会話がかみ合わない、質問への返答に時間がかかるなど。
- 意欲の低下: 高齢者のぼんやりとした状態、無関心・無気力になり、一日中寝ている時間が増える。
2. 高齢者の歩き方の変化(ふらつき・転倒)
- 歩行障害: まっすぐ歩けない、足がもつれる、ふらついてよく転びそうになる。
- 片麻痺(かたまひ)の初期: 片足の動きだけ悪い(左右どちらか半身の動きが悪くなること)など、脳の圧迫による症状であることも多いです。
3. 手足の麻痺・しびれとその他の症状
- 手足の麻痺・しびれ: 体の左右どちらかが重い、力が入りにくいなど。
- 頭痛: ズキズキとした頭痛を訴えることがありますが、高齢者では自覚しないケースも少なくありません。
- 言葉の障害(ろれつが回らない): 発語が少ない、ろれつが回らない(脳卒中と勘違いされやすい)。
4.画像でわかる:慢性硬膜下血腫の診断と治療効果
慢性硬膜下血腫の典型的な画像
頭痛を主訴とした若い患者さんの慢性硬膜下血腫の例
高齢者と異なり、頭痛が主要な症状として現れることがあります。この画像では、頭蓋骨の内側に少量の血腫が確認できます。


先ほど示した症例の経過観察後のMRI画像


血腫の量が少ない&症状が軽微の場合は外来通院治療でも治癒することが多い
主に以下のように経過観察となります。
・なるべく安静に過ごす
重いものを持ったり、力むようなことを控える
・内服薬開始
・2週間~4週間で画像フォロー 増悪あれば手術適応検討。
5.手術するとどこまで良くなる?慢性硬膜下血腫の手術と経過
血腫量が多く、症状が強く出ている場合には手術により原因となる血腫を除去します。
手術療法:穿頭(せんとう)血腫除去術とは?
局所麻酔で行うため、身体への負担が少なく、高齢者にも安全です。
頭蓋骨に小さな穴(1〜2cm)を開け、チューブで血腫を排出します(頭の骨に小さな穴を開けて血を抜く手術)。
| 情報項目 | 詳細 |
|---|---|
| 症状改善期間 | 血腫除去後、速やかに症状が改善することが多い。 |
| 入院期間 | 経過が良ければ2泊3日〜1週間程度の短期入院。 |
| 再発リスク | 10%程度で再発が知られており、術後も経過観察が必要。 |
治療後の改善:認知機能も歩行も回復することが多い
手術が成功し、脳の圧迫が取り除かれることで、急に物忘れが進んだ症状や歩行障害などの症状は速やかに改善に向かうことが期待されます。
ボーっとしている・歩行ふらつきを認め受診した例
一カ月前に転倒し頭部打撲。転倒当日CT検査を行い異常なし。転倒から一カ月後から返答がうわのそら、さらに歩行時のふらつきが目立つようになり受診

→に血腫を認める。血腫による圧迫により健常側に見られる脳のしわ(→)が潰れている。

→に厚い血腫を認める
穿頭(せんとう)血腫除去術後

血腫は除去されている

血腫は除去されている
術後から症状は改善され、退院。
6.チェックリスト:こんな症状があればすぐ脳神経外科へ
下記のうち 1つでも当てはまれば受診を強く推奨します。これらは慢性硬膜下血腫の典型的な初期サインです。
慢性硬膜下血腫の症状 チェックリスト
[ ] 今月に入って急に物忘れがひどい。
[ ] ぼんやりして話しかけても反応が鈍い。
[ ] 歩き方がふらつく、または最近よく転ぶ。
[ ] 片側の手足が重い、力が入りにくい、しびれる。
[ ] ろれつが回っていない。
[ ] 頭をぶつけた可能性を覚えていない。
いつ受診すべき? 迷ったらMRI/CT検査を受けることをおすすめします。
症状に心当たりがあれば、迷わず脳神経外科を受診しましょう。
7.よくある質問(FAQ)
慢性硬膜下血腫の手術は痛いですか?高齢でも耐えられますか?
手術は局所麻酔で行われるため、痛みはほとんどありません。全身麻酔のような身体への負担も少ないため、高齢の方でも比較的安全に受けていただくことが可能です
慢性硬膜下血腫は薬で治すことはできませんか?
腫がごく少量で症状がない場合は、漢方薬(五苓散など)で吸収を待つこともあります。しかし、認知症状や歩行障害が出ている場合は、手術で圧迫を取り除くことが最も確実で早い改善につながります。
認知症と診断されていますが、検査する意味はありますか?
大きな意味があります。「認知症」と診断されていても、実は慢性硬膜下血腫が併発していて、症状を悪化させているケースがあるからです。その場合、血腫の治療によって症状が軽くなる可能性があります。
8.監修医師からのメッセージ
「急な物忘れ」「最近ぼんやりしている」 ――こうした変化は、本人より家族が先に気づく“命を守るサイン”です。
慢性硬膜下血腫は早期に治療すれば、元の生活を取り戻せる“治る認知症”です。 心当たりがあれば、「治る病気かもしれない」という希望を持って、迷わず脳神経外科を受診し、MRI/CT検査を受けてください。
監修医師プロフィール
監修:林 祥史 院長
私立灘高校卒/東京大学医学部医学科卒
けやき脳神経リハビリクリニック 院長 (東京都 目黒区)
資格・所属学会
【資格】 日本脳神経外科学会認定 脳神経外科専門医、日本脳血管内治療学会認定 脳血管内治療専門医
【所属学会】 日本脳神経外科学会、日本脳血管内治療学会、日本脳卒中学会、日本リハビリテーション医学会、日本頭痛学会、日本めまい平衡医学会、American Academy of Family Physicians、Cambodian Medical Association